ニュージーランド 1998/99年


「ブッシュキャンプ」100x70cm, ニュージーランド 1999

再びArtbergは数ヶ月をニュージーランドでおくる。今回は原生林のはずれの原始的な場所である。南太平洋の地域の、文化的な影響をうけた「Icons」の簡素的なグラフィックは、ここで制作された作品に繋がってゆく。


「原生林キャンプでのReinhard Artberg


「ドッペルヴェーゼン」100x200cm, ニュージーランド99

彼の友人であるHundertwasserはいつも出来る限り、Artbergを訪問していた。この二人の芸術家は多くの時間、議論をしたり、コーヒーを飲んだり、そしてArtbergの原生林キャンプや、近くに停泊していたレーゲンターグ(船)で蚊に刺されたりして過ごしたのである。

これは長年、画の友人であり、またこの1年後、急死したHundertwasserとのArtbergの最も充実した、かつ最後の個人的な接触であった。


"Friendensreich Hundertwasser kommt zu Besuch ins Urwaldcamp" (Foto: Artberg 99)

Friendensreich Hundertwasserが原生林キャンプを訪問(写真: Artberg 99)

Urupukapuka(ウルプカプカ)島での彼のいわゆる「世界の中心」であったカタマランで、Artbergは幾度かこの時期、特にしばしば発生するサイクロン(熱帯低気圧により起こる天候不順、嵐)を克服しなければならなかった。

また全ての持参した電気器具-やノートパソコンのハードディスクの欠損によりArtbergは写真の殆どと日記の一部を紛失してしまう。

そして母親が病に倒れたために、2月には島での滞在を突然終わりにしなければならなかった。

これはArtberg外部から多くの困難を運んできた旅であり、また最終的には彼のつもりでははしばらくの間、原生林の木の洞の中に住み、絵を描くという目論見が無に帰したのであった。